私は天使なんかじゃない








目が覚めれば奴隷






  舞台が移った。
  別の街に。

  どこにでも変革が渦巻いている。保守と改革がぶつかり合っている。
  それはどの地でも同じ。
  どの時代でも。

  その流れはここにもあった。
  そして。
  そして静かに動きつつある事にまだ誰も気付いていなかった。





  「はっ!」
  唐突に意識が覚醒する。
  バッと身を起こす。
  ……。
  ……。
  ……。
  「どこ、ここ?」
  瓦礫の街がある。
  廃墟だ。
  ひゅー。
  風が吹く。おー、寒っ!
  「ん?」
  自分の恰好を見る。
  な、なによ、このハレンチな恰好はっ!
  肌露出し過ぎっ!
  「寝てる間にクリスなんかしたのねーっ!」
  あいつしかいない。
  あいつしかーっ!
  だけど返事は返ってこない。
  そもそも私の周囲には誰もいない。あるのは残骸、廃墟、瓦礫のみ。
  グリン・フィスもいなければクリスもいない、ハークネス&カロンらクリスチームもいない。
  「あ、あれー?」
  武器もない。
  腕にはPIPBOY3000も装着されていない。基本寝る時とお風呂の時以外は外さないのに。
  そもそもここはどこだ?
  「うーん」
  思い出す。
  思い出す。
  思い出す。
  確か……ラムジーとかいう奴隷商人率いる連中と戦ってた気がする。
  そうだ、奴隷市場を潰したんだ。
  そこでラムジーを倒し奴の部下達を倒した。その後に……そうそう、クリスが『伏兵がいる』とか言ったんだ。伏兵部隊の数は30だっけ?
  数は確かそんなもんだ。
  私は奴隷3人を解放して逃がした、その際に迎撃に手こずってたクリス達の援護にグリン・フィスを向わせた。
  奴隷は逃げた。
  その場に残ったのは私だけ。
  ……。
  ……いや、そうじゃない。
  そうだっ!
  ワーナーとジェリコが現れたんだっ!
  範囲外の事には手を出さないって私が言ったら範囲内に行けば問題ないだろ的な事をワーナーは言った、と思う。
  ジェリコは妙な照明みたいなもので私にピカってした。
  そしたら。
  そしたら……。
  「ここにいる、わけよね」
  あれはワープ装置?
  まさか。
  そんな事はありえない。あれはおそらく催眠装置とかそんな感じだろう。私は気絶したのかもしれない。よく分からないけど、そんな感じだろう。
  意識を失った、それは確かだ。
  その間に私は身包み剥がされたってわけだ。
  つまり裸にされたってわけ?
  「ぶっころーすっ!」
  ワーナーも、ジェリコもあとできっちりと報復してやるっ!
  必ずねっ!
  私の肌はパパにしか見せないつもりだったのにーっ!
  「くっそ」
  毒づく。
  だけどそろそろ行動しないと。
  ワーナー達に意識を奪われたって事は拉致られた、そしてそのままピットに運ばれたとみるべきだろう。
  ここがピットで当たりなはずだ。
  だけどどうするわけ?
  武器もない。
  仲間もない。
  グリン・フィス達はワーナーに殺された……わけではないだろう。あの3人を始末しようとすれば一個師団は欲しいだろう。奴隷商人の部隊とドンパチ
  をしている隙を衝いて私を拉致して逃げたっていうのが真相なはずだ。
  だから。
  だからここで待ってれば助けに来るだろう。
  ……。
  ……しかしそれはいつ?
  いずれにしても探し当てるにはかなりの時間を要するはず。
  ここがキャピタル・ウェイストランドではなくピットならば尚更時間を食うだろう。
  待ってる間に私は餓死する。
  行動しかない。
  それしかないでしょうね。PIPBOYがあれば方位やら現在地が分かるけど、今の私にはPIPBOYがない。
  当てもなく戻ろうとしても迷子になって朽ちるのがオチだ。
  ピットしかない。
  ピットしか。
  「ん?」
  その時、私は一枚の紙切れが胸元に入っているのに気付いた。手紙だ……って、あの男ども、どこに手紙を入れるんだーっ!
  うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ貞操は無事なのか私ーっ!
  そしてこれからはどうよ?
  私は奴隷。
  私は奴隷。
  私は奴隷。
  やべぇ。
  何気に貞操危ないのかもしれんっ!
  おおぅ。
  「さ、さて」
  気を取り直して手紙を読むとしよう。
  どう考えたってワーナーの手紙だろう。今後の指示かな?
  内容は……。


  『お前の目的はアッシャーに近付き治療法を探す事だ』
  『持ち物に関してはいずれ時期を見て返してやる』
  『街に入ったらまずはミディアという奴隷に会え。PIPBOYは必要だろうから彼女に送り届けておいてやる。そこで受け取れ』

  『追伸』
  『お前寝相が悪いな。ジェリコの顎を蹴りで砕いたぞ。……まあ、意識がないお前に手を出そうとした奴が悪いんだがな』
  『ともかくこのままじゃ嫁の貰い手がないから気をつけろ』

  「はぁ」
  溜息を吐く。
  何だこの上から目線は?
  どういう解釈で読んでも頼むって態度じゃないだろ。
  それにしても……。
  「まずはジェリコ殺す、百回殺すぅーっ!」
  ワーナーもだ。
  何なんだっ!
  お前に嫁の貰い手の心配なんかされたくないんだよちくしょうめっ!
  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ何か腹立つなーっ!
  それにしても思うのはピットの人間の図々しさだ。
  ジェリコはいい。
  あれはキャピタル・ウェイストランド風の性格だと思う。まだ理解は出来る。
  だけどワーナーは駄目。
  自分が困ってたら相手が全力で助けるのが普通だとでも思ってるのだろうか?
  そうだとしたら嫌な性格だ。
  あまり助けたくはない。
  何故って?
  だって私は天使なんかじゃないもの。誰彼構わず世話して、救済して回ってるわけじゃあない。もちろん今は奴の手のひらの上で踊るしかない
  のは分かってる。孤立無縁な以上はある程度は演じてやる必要がある。
  少なくとも武器が手に入るまではね。
  さて。
  「そろそろ行くか」



  私は歩く。
  廃墟の街を。
  ただ、それがピットというわけではなさそうだ。人が住める状態ではないからね。
  ならばどうしてあの場所に放置された?
  まあ、意味は分かる。
  ワーナーはあの街の支配者に追われてる身。
  つまり街の側までは行けなかったという意味合いだろう。
  ふん。腰抜けめ。
  もちろんそれはそれでいい。お尋ね者と一緒に街に入ったら私は即座に同類として射殺されるだろう。ワーナーが死ぬ分にはいいけど私まで同類
  として処分されたくはない。それにあいつといつまでもつるむ気はないし。
  そういう意味では清々した気分ね。
  橋を渡った。
  放置された車両がたくさんある橋。
  全面核戦争の際に、渋滞の途中に核爆弾が爆発したのだろう。過去が偲ばれる場所だ。
  その橋を越えた。
  ただ、そこには地雷が多数設置されていた。
  私は間抜けじゃない。
  引っ掛からない。
  ちゃんと避けながら進む。
  その時……。

  
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  彼方から爆発音が響いた。
  無数に。
  そこには悲鳴も混じっていた。
  どうやら人がいるのはこの近辺らしい。おそらくはピットの街。それにしても爆発と悲鳴が歓迎の挨拶とは痛み入る。
  厄介そうな街だなぁ。
  少し進むと地雷に引っ掛かった人物が死んでいた。
  恰好は私と同じ。
  奴隷だ。
  「……」
  周囲を見る。
  金属のフェンスで構築された街の入り口が見えた。……あれが街の入り口か。物々しいわね。
  この奴隷はおそらく脱走奴隷なのだろう。
  そして地雷はその対策。
  脱走は失敗、と見るべきか。無数に転がる死体。奴隷達は誰も生きていない。
  「はぁ」
  こういう光景を見ると多少は何とかしないとと思う。
  ピットは私の街ではない。
  だけど。
  「少しは何とかしてやらないとね」
  ただ流されるだけは嫌いな性格。
  少しは引っ掻き回してやろうとは思います。ワーナーの思惑とは異なる方法でね。
  まあ、救援が来るまで暇だし。
  「待って、撃たないでっ!」
  私は叫ぶ。
  それから両手を大きく振る。門の向こうにいる連中は私に気付いた。
  レイダー?
  金属フェンスの向こうの門番どもはレイダーのようにも見える。そもそもアッシャーがどんな奴かすら知らない私。
  ……。
  ……ワーナー君、強制的に送り込むならせめてもう少し情報をくれ。
  情報まるでない状態でどうしろと?
  あいつまさか私をここで殺す為に送り込んだんじゃないでしょうね?
  まったく使えん眼帯男だ。

  「おい、見ろ。奴隷が1人戻って来たっ! ゲートを開けっ!」

  門番の1人が叫ぶ。
  ゲートが開いた。
  私は小走りでその門を通り過ぎた。その途端、再び閉鎖される。これでピットの街の侵入は成功した。もっともここから出る事も出来ないけど。
  この場にいるレイダーは3人。
  数は少ない。
  鉄の門扉がある、多分その向うがピットの街の本体か。という事はここは出入りを管理する詰め所みたいなもんか。
  素早く周囲の状況を確認する。
  この場のリーダー格と思われる粗野な男のレイダーは見た事がない武器を背負っている。アサルトライフル?
  そいつが口を開く。
  「ハハっ! こいつはいい。また奴隷が舞い戻ってきたか? 橋まで辿り着けなかったんだろ? ここで死ぬまで働きたいんだろ? どうだ?」
  「そ、そうよ」
  一応は奴隷という身分だ。
  一応はね。
  街に潜入しない限りは武装を取り戻せないのだから、ここは奴隷を演じるしかない。
  「ぶちのめされないだけありがたく思えよ」
  「は、はい」
  「中に入って作業しろ。でないと次は串刺しにしてトロッグの餌にするぞっ! ……まあ、その前に別の串刺しにしてやるけどなっ! はっはっはっ!」
  「……はーい」
  「なかなか良い尻だな。夜が楽しみだぜ」
  さわり。
  お尻が触られました。
  「うふふ☆」
  「へへへ。今夜どうだい?」
  「死ね☆」
  ゴキ。
  骨が砕ける音がした。
  あー、やっちゃった。あまりにも舐めた事を言うから首の骨を折ってしまった。
  私ってばプライド高いんだなぁ。
  うーむ。
  それも考えものだ。
  見た事のない銃火器を奪って構える。残り2人のレイダーはようやく異変に気付いたばかりだ。
  遅いっ!
  引き金を引く。
  静かな音と同時にパワフルな弾丸が大量に放出される。
  まともに受けて吹っ飛ぶレイダー達。
  「何この銃っ!」
  凄い火力だ。
  こんなのキャピタル・ウェイストランドでは見た事がない。是非とも持ち帰りたいものだ。
  ガン。
  「くっ!」
  突然後頭部に痛みが走る。
  私は膝をついた。
  「俺のダチを殺しておいてやすやすと中に入れると思ってるのか?」
  頭を押さえて私は蹲る。
  レイダーの数は10かそこらだ。
  だけどまだ銃火器は離していない。殺せるっ!
  その時、私を殴った男の後ろに控えていたモヒカンが静かに首を振った。理知的な瞳だ。少し他のレイダーと毛色が異なる。
  数秒見つめ合う。
  ふぅ。
  仕方ないか。
  私は銃火器を離した。私を殴ったレイダーが声高に叫ぶ。
  「俺の名はレダップ。ピットのボスの1人だ」
  「よろしく」
  「いつもだったら串刺しにしてトロッグの餌にしてやるところだ。だがお前は別嬪だ。俺の牝奴隷になるなら許してやらんでもない。どうだ? いい話だろ?」
  「ふーん」
  やっぱ殺すか。
  その方が後腐れがない。別に頼んでピットの救済に来ているわけではなく、そもそもその気分は低い。
  ならば抑える必要もさほどない。
  殺す。
  「お待ちくださいレダップ様。副官として申し上げますが、労働力の確保は急務。アッシャー様の労働者の拘束は禁じられています」
  「おい。俺を誰だと思ってそんな口を利いてやがる?」
  「あなたは我々10名のレイダーを従えるボスの1人です。しかし我らは等しくアッシャー様の部下。あの方の方針に背けば……」
  「分かった分かった。……命拾いしたな、女」
  レダップというレイダーは踵を返して消えた。
  他のレイダー達は副官とかいう奴の指示でレダップの後を追う。モヒカンの副官はこの場に残った。
  「死にたいのか、君は」
  「さてね」
  「誰の指示でここにいるのかは知らんが、ここにいる以上は大人しくしているんだな」
  「何の話かしら?」
  「そんな綺麗な肌をした奴がここの奴隷のはずがないだろ」
  「なら殺す?」
  「殺伐とした話はやめろ。俺は君の為を思って……まあいい。ともかく大人しくしてろ。レダップは俺達のボスだが、ここにいる数多のボスの1人に過
  ぎない。あいつを殺したところで何にも変わらん。だったら大人しくしてた方がマシだろう?」
  「あんたの名前は?」
  「……」
  名乗らないまま彼は去っていった。
  なかなか見所のある奴だと思う。
  30ぐらいかな?
  モヒカンの男性。
  惚れはしないけど、まあ、良い奴よね。
  「よっと」
  立ち上がる。
  銃火器は転がってるけどやめておくとしよう。レイダーの死骸も放置されたまま。これはつまり『暴れたければ暴れろ』って事か。レイダーの圧倒的な数で
  私を即座に叩けるって事かしらね。雑魚はいくら消しても意味がない。大人しくしよう。
  それにワーナーの為に死ぬ気もないし。
  今後のプラン?
  まあ、ゆっくりしながら考えるとしよう。
  鋼鉄の門扉を開いて通り抜ける。
  「ふぅん」
  その先は奴隷の世界。
  広場……いやクレーターか。まあ、ともかくそこでは奴隷達が車の残骸をバラしている。
  解体作業中。
  そういえばこの街はどんな産業なんだ?
  「つっ!」
  頭痛がする。
  さっきの一撃が結構効いているらしい。その場に私は座り込む。
  うー、痛い。
  「大丈夫?」
  声。
  私は顔を上げようとすると、再び頭が痛んだ。
  くっそ。
  あのレイダー、レダップとか言ったっけ?
  覚えてろよ。この借りは返してやる。
  「落ち着いて。動いちゃ駄目」
  「貴女は誰?」
  女性だ。
  白い服を着た女性だった。女性は非難する様な口調で私に詰め寄る。
  「ここに入るのに銃をぶっ放すなんて何考えてるの? 皆を危険に晒すつもり? あんただって運が良いから助かっただけなのよ?」
  「そりゃすいませんね。お尻触った奴は殺すって決めてるの」
  「ワーナーの部下からはあんたは切れ者だって聞いたけど随分と甘いお子様なのね」
  「そりゃ悪かったわね。ご期待に添えなくて」
  「まあいいわ。こうして会えたんだし見た目も奴隷になってるしね。けどこうやって大っぴらに話しているわけには行かないわ。頭を冷やしてから
  私の家に来て。そこでゆっくりとプランについて話しましょう。……そうそう、遅れたわね、私はミディアよ」
  「ミスティよ」
  「ピットにようこそ」
  「……そいつはどうも。精々滞在を楽しむ事にするわ」
  歩き去るミディア。
  振り返りもしない。よっぽど立場が悪いのだろう。多分、ピットの支配層に睨まれてるのだろう。
  そうじゃなければ雑談ぐらい何でもないはずだ。
  まあ、治療薬の強奪云々の話をここでは出来ないのは確かだけどさ。
  とりあえず分かったのは1つ。
  「これがピット流かぁ」
  ワーナーもそうだったけどミディアも厄介押し付けるオンリーの性格みたい。この街の流儀なのかな?
  嫌な流儀だなぁ。
  「はぁ」
  妙な場所に私を送り込みやがって。
  それも勝手に。
  覚えてろよワーナー。
  ゆっくりと後で話をつけてやる、絶対にね。
  「よっと」
  頭痛が治まった。
  とりあえずミディアの家に行くとしよう。
  タタタタタタタッ。
  「ん?」
  小走りで走ってくる女性。
  少し酷い顔をしている。いや醜いとかいうのではない、放射能の影響を受けている。それと火傷かな。過酷な職場らしい。
  「大丈夫? あそこで痛い目にあったみたいね。……新入り? あたしはノラ。よろしくね」
  「ミスティよ」
  「助けてあげようか? どう?」
  「助け?」
  「スティムパックよ。奴隷の治療を任されてるの。……あたしも奴隷だけどね。数に限りがあるけど、少しなら分けてあげられる」
  「いいの?」
  「貴女は反抗心強そうだから、きっと今後も怪我をする。だから特別」
  「ありがと」
  スティムパックを三つ貰う。
  これで怪我しても大丈夫だ。もちろん怪我する前提では行動はしないけどさ。
  ノラは性格的なまともだ。
  というか、これが普通の性格だと思う。ワーナーとミディアが押し付け過ぎるだけなんだろう。とりあえず2人の第一印象は最悪です。
  特にワーナーはね。
  ジェリコ共々仕返しの対象だ。
  その時、黒人の男性がノラに声を掛けてきた。
  「ノラ、仲間が怪我を……おや、家族の仲間入りをした新入りか?」
  「ミスティって名前なんですって」
  「そうかい。俺はアダン。よろしくな」
  「こちらこそ」
  「神は力を欲しない。既に力を持っているからだ。凡人は力を求め続け最後まで満たされる事はない。……俺の好きな言葉さ」
  「ふぅん」
  宣教師?
  随分と悟った感じだ。
  「哲学が好きなの?」
  「別に悟ったわけじゃあない。現状を受け入れただけさ。そうすりゃ陽気にもなれる。人間ってのには順応力があるからな」
  「そうね」
  私は頭を下げてその場を後にした。
  順応力ね。
  それは否定しないけど私はここに落ち着くつもりはまるでない。
  帰還の手筈を整えなきゃ。
  その為にはしばらくはワーナー&ミディアの手駒でいる必要がある。もちろん最後まで付き合うつもりはないけどね。
  利用されるのは好きではない。
  ……覚えてろよー。
  ミディアの家はノラ達に聞いた。だから大体は分かる。ここにいるのは奴隷達が大半で、監督役のレイダーがわずかにいるだけ。私の推察だけど
  多分レイダー用と奴隷用の区画があるのだろう。支配する側と支配される側の区画は別々というわけだ。
  ふぅん。
  治療薬っていうのは支配側の区画にあるってわけだ。
  まあ、そこはどうでもいい。
  ミディアの家を見つけた。
  「ん?」
  ミディアの家の前の建物には奴隷達が並んでいた。数は疎らだけど一列に並んでいる。
  何だろ?
  私は列を通り抜けて建物の中に入る。
  1人の奴隷が非難した。
  「並べよっ!」
  「中が気になるだけ。それだけよ」
  建物に入る。
  1人の女性が肉を解体していた。その側のテーブルでは奴隷達が何かを食べている。
  なるほど。
  食堂ってわけだ。

  「ん? 何の用だい?」
  肉を解体していた女性が私に気付いて声を掛けてくる。
  「見ない顔だね。新入りかい?」
  「ええ。ミスティよ」
  「私はカイだ。腹が減ってるかい? エサが欲しいかい?」
  「エサ?」
  彼女はそう言いながら肉をザックザックと切断していく。
  多分これがエサなのだろうけど、何の肉だ?
  ……。
  ……聞かない方が良さそうな気がする。そもそも食べたくないぞ、あれは。私はここで餓死かお陀仏か。
  とてもじゃないけど食べれそうにもない。
  まさか生で食すんじゃないでしょうね?
  帰りたいよーっ!
  「エサってのはトロッグの肉の事だよ。死んだ人間はトロッグの餌になる。トロッグが死ねば人間のエサになる。共食いだねぇ。欲しいかい?」
  「……遠慮します」
  「まあ、これ食って死ぬのも餓死して死ぬのも一緒だしね」
  「……」
  キャピタル・ウェイストランドに早退させてくれーっ!
  頼むーっ!